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遊の奇術的日ジョウ。

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@研究室。
 同期に合えなかったのは残念。再会と近況報告と新しい出会いとか。話題を投げこむ、という行動を少し実践してみる。もうひとつの忘年会でも実感したのだけれど、守備範囲はやはり広ければ広いほど良い。思ったこと、わからないことをきちんと整理しておくだけで人との出会いはずっとずっと有意義になる。
 ロードオブザリングのボードゲームをやって夜更かし。5人でやるゲームなのだけど、各自で対戦するのではなくみんなで協力して目標を達成するゲーム。こんなゲームってあるのだなぁ。感覚としてはペーシェンスをやる感覚に近いのかも。ゲームの世界でもモンスターハンターとか動物の森とか、協力あるいは仲良くするというものが流行っているのを見ると、そういう面白さが最近しきりに注目されているのかも。
 「○○の生き方そのものやな!」という教授の言葉も久々に聞けて嬉しかった。私の生き方というのがどういうものなのか、私自身ほとんどわかっていないのだけれど、なんとなく元気が出るのですよ。あぁまだ漂流はしていないぞ、きちんと自分の意識の中で生きているのだぞ、と。
 

@カードシャーク。
 手品要素はいつになく少なめだが、いつもよりアホなことを言って過ごす。最後の方にその反動で考えさせられるようなことあり。手品への取り組み方っていろいろあるが、いったい何を中心に据えればいいのだろうか。表現したいものがあるのならばお客様のことよりも自分の方を優先させなければならないと思うのだけれど、お客様の存在しない手品なんて存在しえないというのがやはり問題である感。舞台での芸(芸術)というのは後から発表する、記録として残すという手段は使えないのだから、たとえ自分のためだけの演技で会ったとしても人前で演じなければいけないよなぁ。最低レベルの線引きは非常に難しい。
 自分の中の一番の甘さは、周りを見渡す意欲だろう。本当に最適な手法なのか、先人たちがどういったものを積み上げているのか。手品に関して私はこのあたりの興味が非常に希薄なのだ。やりたいもの、やってみたいことが見つかればその1個を溺愛してしまう傾向がある。それは確かに失礼なんだけど、芸とか芸術というのはそれを容認している部分がある・・・というのはそれも甘えなのだろうか。芸として何らかの方向を目指す時に、そこまで学術的なアプローチ法をとることはないと思うのだけれどなぁ。もちろんそれは有効なアプローチ法だし、いいものもできると思うけれど、その手法では結果と新規性が重要視されて、「楽しむ」「やりたいことをやる」という非常に重要な部分が軽視されないだろうか。もちろん多くの人はこのあたり、それぞれでバランスをとっているのだろう。そのバランスのとり方の巧さがすなわちある種のセンスか。幸か不幸か、私はこのバランスに絶大な自信を持っている。まだまだ若いのですよー。
 まぁ毎回思うのだけれど、こういう議論は実際に現場にいない人間がやっても空しいだけだ。そこが一番反省すべき点かもしれない。来年はやろう。すこしでもいいからきちんとやろう。そして見たい。挑戦している何かを。
 
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    奇術無しでも生きられるけど
    奇術無しでは生きたくない。

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