Y-mode

遊の奇術的日ジョウ。

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今年の一字。
一字、一字、一字・・・・
べたになってしまう感はあるけど、やっぱ
「変」だろうか。

学生から社会人に変わりました。
住む場所が大阪から東京に変わりました。
会う人、話す人、相談する人が変わりました。
人生観も少し変わりました。
東京に移っての3~4ヶ月は変でした。
精神状態が明らかに変でした。
社会の景気とかも変だったようです。

うーん、前向きと後ろ向きが入り混じったイメージ。
若干後ろ向きが多い気がするけど・・・。
でももっともっと変わらなければいけないな。
変わり続け、そして多少は変でないと楽しくやっていけないでしょうね。
来年も頑張ろう。


私的流行語

「ぜひお近くのトイザらスで」
「ひらりひらり」
「絶対手品空間」

 上から順に仕事、プライベート、奇術。仕事はまあそのまま。みなさん、玩具を買うときはぜひお近くのトイザらスで。プライベートは社会人になってから自分を鼓舞し続けた言葉。「前をむいているか!」というのもあっただけど、まぁこっちだろうな。ちょっと弱い気もするけど来年はもう少し強くなろう。最後はイリュージョンにおけるひとつの表現手法・・・というほどでもないけど。手品のための空間を作り出すというのは意外と汎用性が・・・ないかも。まぁ語感がいいので採用。単純に好きなのです。


まとめて。

 私にとって今まででもっとも変化に満ちた、もっとも予想のつかない一年が始まりました。今年の年末、私は何を思ってるのだろう?「あぁ大阪はよかったなぁ」と思っているのか。それとも「東京はいいなぁ」と思っているのか。まったく予想がつきません。
 とりあえず「東京も悪くないなぁ」と思えるくらいを目標にして頑張ろうと思います。


 というのが今年の1月に書いた目標。うーん、60点ちょうどといったところか。確かに東京は悪くない。でも変化に対応しきれてない部分があって、本当にぎりぎりで可、といった感じでした。危うし危うし。

 東京でふらふらになって、泣いて、吐いて、もう本当に大阪帰ろうかなぁ・・・なんて状態になっていた6~8月を支えてくれた方々本当にありがとうございました。皆さんの一言で、メールで、笑顔でなんとかかんとか踏ん張れた気がします。このご恩は一生忘れません。

 そうそう、そんな苦しさの中で自分の本当に弱い部分を相談できる友人が一人できました。本当に偶然。強がりで意地っ張りな私にとっては奇跡。ここを読んでいるとは思えないけど本当にありがとう。
 
 さぁ今年もあと1時間ちょい。一体今年何ができたのか、何が足りなかったのかをのんびり考えながら年越しします。ゆっくり考える時間が取れるのなんて久しぶり。来年はV字回復目指して頑張るぞー!

それでは皆様、良いお年を。




とか、書きながら最後にひとこと更新。

 アンジェラ・アキすげぇ。叩きつける様な歌と演奏でしたね。痺れました。

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@研究室。
 同期に合えなかったのは残念。再会と近況報告と新しい出会いとか。話題を投げこむ、という行動を少し実践してみる。もうひとつの忘年会でも実感したのだけれど、守備範囲はやはり広ければ広いほど良い。思ったこと、わからないことをきちんと整理しておくだけで人との出会いはずっとずっと有意義になる。
 ロードオブザリングのボードゲームをやって夜更かし。5人でやるゲームなのだけど、各自で対戦するのではなくみんなで協力して目標を達成するゲーム。こんなゲームってあるのだなぁ。感覚としてはペーシェンスをやる感覚に近いのかも。ゲームの世界でもモンスターハンターとか動物の森とか、協力あるいは仲良くするというものが流行っているのを見ると、そういう面白さが最近しきりに注目されているのかも。
 「○○の生き方そのものやな!」という教授の言葉も久々に聞けて嬉しかった。私の生き方というのがどういうものなのか、私自身ほとんどわかっていないのだけれど、なんとなく元気が出るのですよ。あぁまだ漂流はしていないぞ、きちんと自分の意識の中で生きているのだぞ、と。
 

@カードシャーク。
 手品要素はいつになく少なめだが、いつもよりアホなことを言って過ごす。最後の方にその反動で考えさせられるようなことあり。手品への取り組み方っていろいろあるが、いったい何を中心に据えればいいのだろうか。表現したいものがあるのならばお客様のことよりも自分の方を優先させなければならないと思うのだけれど、お客様の存在しない手品なんて存在しえないというのがやはり問題である感。舞台での芸(芸術)というのは後から発表する、記録として残すという手段は使えないのだから、たとえ自分のためだけの演技で会ったとしても人前で演じなければいけないよなぁ。最低レベルの線引きは非常に難しい。
 自分の中の一番の甘さは、周りを見渡す意欲だろう。本当に最適な手法なのか、先人たちがどういったものを積み上げているのか。手品に関して私はこのあたりの興味が非常に希薄なのだ。やりたいもの、やってみたいことが見つかればその1個を溺愛してしまう傾向がある。それは確かに失礼なんだけど、芸とか芸術というのはそれを容認している部分がある・・・というのはそれも甘えなのだろうか。芸として何らかの方向を目指す時に、そこまで学術的なアプローチ法をとることはないと思うのだけれどなぁ。もちろんそれは有効なアプローチ法だし、いいものもできると思うけれど、その手法では結果と新規性が重要視されて、「楽しむ」「やりたいことをやる」という非常に重要な部分が軽視されないだろうか。もちろん多くの人はこのあたり、それぞれでバランスをとっているのだろう。そのバランスのとり方の巧さがすなわちある種のセンスか。幸か不幸か、私はこのバランスに絶大な自信を持っている。まだまだ若いのですよー。
 まぁ毎回思うのだけれど、こういう議論は実際に現場にいない人間がやっても空しいだけだ。そこが一番反省すべき点かもしれない。来年はやろう。すこしでもいいからきちんとやろう。そして見たい。挑戦している何かを。
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商戦おわりました。
 もちろん実際には終わっていないんだけど。とりあえずメーカーがやるお仕事はおしまいです。あとは年明け「売れすぎちゃって物がないよ!」という連絡が入ることを祈るのみ。まぁ売場を見に行ったりはするのですがね。


 いろいろ思うことがあって、ちょいと背中を押されたのもあって毎日更新していたのですが、あまりの疲れに挫折してしまいました。今日からまたぽつぽつ書こうっと。
 しかしそうは言っても月別の更新数で言えばこのブログに移って以来最多なのだな。なんで今まで続いているのか不思議なくらいだ。


某日。
 暗黒手品教団の教祖が上京され、寿司をご馳走になりました。ありがとうございます。いやぁ本当に美味しかった。味に関するボキャブラリーの少なさが情けなくなるくらい美味しかった。たまにはきちんと美味しいもの食べるべきだなぁ。このとき気づいたのだが、寿司って一口で食べる分なんというか一期一会的な感があって、普通の料理より食べるとき真剣になれるきがする。
 その後お酒を飲みに行ってちょこっと手品。例によって純愛なライターをやったわけですが、教祖に「ここ数年それしか見てないw」とか言われる。ぐ・・・ひょっとしてそうかも。こりゃ本当に手品から離れてしまってるのかもしれんなぁ。ちょびっと反省。


 明日明後日は忘年会2連。あ、明日の方は手品やらなきゃいけないのか。うーむ。明日ってまだマジックショップやってるのかなぁ? このページのトップへ
ハートのエースがでてこなーい♪
 エースオープナーをやる時に玩具業界の人が相手なら鉄板でウケるネタ。ちょっと大きな玩具屋さんにいけば、必ず一度は耳にするんじゃないかしら。うけるからといって就職活動の面接でやるのはお勧めしませんし、すべった所で自己責任です。まぁ就職活動の面接でマジックやるような馬鹿はいないと思いますが。
 忘年会で手品やるならオープナーはこれだな、と思っていたのだけれど、この業界(うちの会社だけか?)忘年会やる暇なんかないみたい。およよ。まぁこのギャグの賞味期限はもう少しあるだろうからとっておこう。


ジュースの缶のふたの指かけるとこ。
 まぁいわゆる「プルトップ」というやつなのですが、これを集めるリサイクルとか募金てありましたよね。1個で1円だったかなぁ。というわけで、このプルトップをちぎって、ちょいと指でなでればなんと一円玉に!という超微妙な手品を閃いたわけですが、あまりにも微妙すぎて実演する気が起きません。なのでここに書いておきます。万が一この手品が凄い話題になった時に原案者として名乗りを上げるために。
 ちなみに少し調べたところ、プルトップを集める募金云々はかなり怪しい話らしい。まぁ怪しい話だと言うことは知っていましたが、一個が0.05円にしかならないことは初めて知りました。1円じゃないんですね。うっかり。じゃぁ20個集めなきゃいけないわけか・・・ブッダペーパーで一円玉に買えるネタも私が原案です。
 まぁ冗談はさておき、なんか使えそうな素材ではあるよね。凄い身近にあるわけだし。穴開いてるし。手をきりそうだけど。


夢を映像化!?脳内画像を脳活動から再現
 少し古いニュースだけども。

>人が目で見て認識している視覚情報を、脳活動を調べることで読み取り、コンピューターで画像として再現することに国際電気通信基礎技術研究所(ATR、京都府)などの研究チームが初めて成功した。まだ単純な図形や文字で成功した段階だが、将来は夢を映画のように再現できる可能性もあるという。

 ふーん。究極のカード当てというのがあるとすれば、適当に思っただけのカードをずばりと当てると言うものだと思うのですが、こういう技術が進歩した暁にはそれもたいして不思議じゃなくなってしまうのかもしれませんね。演者が目隠しをする代わりに、お客の頭を何かで(やはり金属なのだろうか)ぐるぐる巻きにする時代がくるかもしれないなぁ、なんて。

 ちなみにその究極のカード当てですが、実際のところ52分の1でしかないのでそんなに低い確率ではありません。毎日やっていれば1年に7回くらいは当たります。おまけに「好きなカードを思い浮かべてください」というと多くの人はエースとか10とかきりのいい数を思い浮かべることが多いので、実際のところ10回に1回くらいは当てれるのではないかなと思います。特にハートのエースにヤマをはれば、かなり高確率ではないのかと。5、6回に1回はいける気がします。ユリ・ゲラーの手法(他の人の意識を読み取ってしまったというアレ)を使えば3回に1回くらいはいけそうで、もうなにが手品なのかわからなくなってきました。

 女性はハートが好き、とかいう漠然とした知識はマジシャンならだれもが聞いたり知ったりしていると思いますが、もっときちんと調査すればかなり参考になるデータが得られるんじゃないでしょうか。年齢と性別、服装とその場の雰囲気などを入力すれば、「ハートのA:56% スペードのA:22% ハートの3:13%」とか教えてくれる装置があれば、ちょっと素敵だなぁ。ある程度絞り込めさえすれば、あとはなんとでもなるわけだし。

 というわけで誰かデータ集めてみませんか。アンビシャスカードの前にさらっと挑戦するだけいいのです。10000人くらいからデータをとって集計して発表すれば、世界中のマジシャンから馬鹿にされること請け合い。でもそのマジシャンたちはきっとそのデータを忘れないと思うんですよね。「むかしどっかの馬鹿が調べたらしいよw」とずーっと語り継がれるのではないかと思います。それはそれで素敵じゃないか、と思ったひとはぜひ。私もちょっとずつやってみます。 このページのトップへ
 書くのも恥ずかしいのだけれど、「手品の神」というのは本当にいるのじゃないかしら?と思うような瞬間が時々あります。この神に愛されている人は確かにいるのだけれど、自分の場合はどうも遊ばれているような気がしてならない。いや、遊んでくださっているのか?事情が事情なので何も書けないのだけれど、まぁそういった見えざるものの力を信じたくなるようなことがちょいとあったのです。うまくいけば・・・これはかなり面白くなるかもしれないぞ。


そんな神には申しわけないのですが、今はまたルービックキューブに夢中です。

 ルービックキューブを余興として見せるための方向性がすこしずつまとまり、ある程度オチらしいものも思いついたところで、やはり完成までに1分をきりたくなりました。今まで適当に揃えていたところをきちんとパターンに落とし込むために練習+暗記中。学生時代とはペースが違うので、1分きるまでにどれくらいかかることやら。来年の忘年会とかでできないかなぁ。少しずつでも毎日やろう。年末年始が大きなチャンス。

そして・・・

ついに自分用のキューブを買いました!!(←いまさら)

 今までは会社に転がっていたのを無断借用だったのです。ピカピカだったそのキューブは私のせいでかなり使い込まれたキューブになってしまいました。まぁおもちゃってのは使われてなんぼのもんだからな。むしろ正しいことをやったはずだ。うん。
 新しく買ったのはスピードキューブセットとか言う代物で、ネジをまわすことで回しやすさを自分でコントロールできます。おまけに専用のグリスもついてきます。素敵。

 しかしなんだな、ついに一線を越えた感があるな。手品を始めた人がハーフダラーを買うくらいの一線。いや、まぁ買うぐらいならいいんだけど、分解してグリスを塗りこむってのは64年のハーフダラーを集めるくらいの域ではなかろうか。つまりわかりやすく言い換えると、「普通の人なら軽くひくレベル」。うーん。

 でもやはり道具ってのは本当に大事。凄い。くるくる回る。件の一回生に「グリス塗るだけでもだいぶ違いますよ」とは言われていたのだけど、こんなに違うとは思わなかった。もうもとのキューブには戻れない。新しいキューブをくるくる回しているとそれだけである種快感で、こういったところもルービックキューブの魅力の一つなのかなぁと思う。本質(この場合はパズルだろうか)とは別に行為自体が快感であること。これが面白い製品、ゲームの条件なのかもね。 このページのトップへ
 結構お気に入りの豚カツやさんがあるのですが、ふらりと昨日立ち寄ったら「15日で閉店」との張り紙。えええええ。衝撃。たしか先週行ったときには何も書いていなかったのになぁ。残念。ただのチェーン店なのですが、東京にやってきて以来小さな心の支えだったのです。嬉しいことがあった日や、逆に辛いことがあった日など、よくこの店で豚カツを食べたのでした。東京で最初の思い出の味、といえばここかもしれません。

 というわけで感謝の気持ちをこめて今日もこのお店に。なんだかいつもより少し、ていうかかなり混んでいました。閉店だからみんな集まってきたのだろうか。毎日この時間(午後11時半!)にこれくらい混んでいれば閉店することもなかっただろうに・・・まぁ閉店の理由はわからんのだけど。 

 いつもよりもちょっと贅沢なメニューを、いつもよりちょっとゆっくり食べて、いつもよりちょっとはっきり「ごちそうさま」と言って帰ってきました。・・・なんか胃もたれ感。2日続けて豚カツをたべたせいだけではあるまい。いままでありがとうございました。

 帰り際、店長らしき人に「またお越しください」と言われたのはちょっと気がかり。あと15分で閉店する店なのになぁ。つい言ってしまっただけなのかしら。少しだけ期待。 このページのトップへ
「モエ」という雑誌がある。
 アニメ雑誌か?と思われる方も多いと思うが、その雑誌の表紙によると「絵本とキャラクター」の雑誌らしい。私がよく行く店においてあるので名前は知っていたのだが、読もうとも買おうとも思わなかった。しかし昨日ふと表紙を目にしたら今月は「世界のポップアップ絵本を贈る」特集とのこと。その瞬間に何かが降臨してしまい、おもわず衝動買い。別に飛び出す絵本好きでもないのによくわからない。まぁ出会いなんてそんなもんだ。

 ところがねぇ、これが面白い。飛び出す絵本の特集はもちろん面白いのだけれど、それ以外にも絵本にまつわるあれこれや、絵本作家の対談、読みきりの絵本などが載っていたりして心躍る。最近の自分の好みが満載だ。そうか、絵本を読んでみればよかったんだ。なんかいっぱいヒントが詰まってそうな気がするぞ。・・・というわけで自分の中のポテンシャルが少しずつ高まっていく感。このポテンシャルが「私も絵本を書こう!」という風になることはまずないと思うが、おそらくいろんなところで背中を押してくれるんじゃないかな。仕事とか。手品とか。恋愛とか。

 「絵本屋さん」というお店が存在することも初めて知った。東京にも何軒かある。たぶん次のお休み(だいぶ先だが)には出かけてしまう予感。ボーナスの使い道またひとつ増えた。




休日はサンタクロースに物を売る仕事。

 休日じゃないじゃん。これからクリスマスまでは休日なしなのです。やれやれ。まぁ店頭に出るのは好きなのでよし。こちらの行動に対してすぐ反応がわかる、というのは凄く楽しいのだ。手品も然り。お店を経営するってのはなにかと大変そうだけど、そういうとこは楽しいだろうなぁと思う。ちょっとやってみたい。

 私の好きなおもちゃを実演したら、小学生低学年くらいの女の子が、楽しそうな、泣きそうな顔を顔をして「欲しいぃぃ~!!」と絶叫した。文章で書くとただおねだりしてるだけに思えるのだが、本当に心に響く声だった。しばらく胸が痛かった。あぁやはり私は素敵な会社にいる。またしばらく頑張れるなぁ。

 サンタさん、どうかあの子のもとに素敵なプレゼントを届けてください。 このページのトップへ
デビット・ウィリアムソンさん。
 私の中ではとある理由で「パンツの人」とカテゴライズされているのだが、この人って昔はやせていたのだな。なんというか言葉にできない衝撃。今の風貌と演技スタイルしか知らなかったから、本当にびっくりしてしまった。そうと知って見なければ別人として認識していたに違いない。ほわー。やはり太ると人格が変わるのかしらん?



 夜、池袋を歩いていたら大道芸人がいたので鑑賞。バルーンを中心にしてあれこれやりながら最後はバランス&ナイフジャグリングで締めていました。実にお上手。お客様をいじることなくあれほど上手にバルーンをやる人ははじめて見たかも。やりようってのはあるものだ。
 驚いたのはこの人がルービックキューブをやったこと。ルービックキューブは芸として成立するのだろうか?とかちょうど考えていたところだったのでびっくり。おそらく観客の中で私が一番食いついていたに違いない。
 お客様に存分に回させた上で「それでは、これを15秒でもどします!!」とのこと。おおお、世界レベルの技が見れる。ラッキー、とか思っていたら・・・・これから見る人もいると思うので詳細は伏せますが、実に大道芸的な解決方法でした。もちろん手品とか分解ではありません。
 なんでルービックキューブを舞台に(舞台はないけど)かけようと思ったのだろう?あのレベルにいくまでには結構な練習が必要だと思うし、お客様を盛り上げるためならもっと労力に見合うパフォーマンスがあるだろうに。やっぱルービックキューブが好きで好きでしかたないのだろうか。何秒くらいから芸として成立すると考えているのだろう?実際には何秒でできるのだろう?こういったところを質問してみたくなって、投げ銭を入れた後もしばらく残っていたのですが池袋の女の子達に囲まれていたので遠慮して帰ってきました。残念。

 とはいえ、少し方向性が見えた気がしました。また練習しようっと。




 そういえば先日発表会で大阪に帰ったとき、楽屋でルービックキューブを回している子を2人も発見。嬉しくなっていろいろ話していたら「○○さんが一回生と打ち解けてるww」と笑われたのでした。私も含めて3人とも自分用のキューブを手品発表会の場に持ち込んでおり、まぁなんというか馬鹿だなぁと。でも楽しむ、っていうのはこういうことなんだよね、きっと。
 そんな彼らが「ノーギミック・エンチャッテッド・キューブ」(一瞬でルービックキューブが揃うマジック)を見せてくれた。おおおお、すげぇ。現象が成立してる!
 細かいところまで手品的に気を配っており、見事な手品になっていた。彼の友人に言わせると「前よりもうまくなっている」とのこと。思いついたときからいろいろと示し方を改良しているそうだ。彼が手品に出会わなければこんな進化は遂げていなかっただろうなぁと思うと実におもしろい。手品が土台にあって何かを別のことをやる場合と、そのほかのものが土台にあって手品をやる場合の違いみたいなものを見た気がした。手品がトップにあるかボトムにあるか。やっぱいろんな興味をもつことってのは大事なのだなぁ。 このページのトップへ
2日続けて終電帰り~♪
飲んでるわけじゃないんだよ~♪
仕事仕事仕事~♪
明るくしてないと涙がでちゃう~♪


 終電、満員電車の目の前でサラリーマン同士のリアルファイトが勃発。どちらも闘う気満々の様子だったので、思わず心躍る。しかしそうは言っても良識ある大人としてはやはり仲裁すべきであるし、さぁどのタイミングで割って入るかなぁ、とか考えていたら本格的になる前に周りのみんなが仲裁してしまった。終電でくたくたの状態なのに他人のために厄介ごとに飛び込んでいくのだから、人間というのも捨てたものではない。

 しかし人の喧嘩をとめる、という行為にはある種の快感が伴うのだろうか、とか考える。こういった荒事がまったく苦手な私でも止めに入ろうかと思うもんなぁ。絡まれている人を助けるのとはちがって比較的安全であるし、周りの協力も得られやすい。その人たちのため、というよりはなんとなく自分が面白いから止めに入ってるのではないだろうか。少なくとも私はそうだ。

 人間以外に仲間同士の戦いの仲裁をする生物っているのだろうか。自然界においては「強い=優秀な遺伝子」というのが基本だろうから、あまりいないのではないか。少なくとも私は聞いたことがない。だとしたら仲裁の快感というのはやはり人間固有の感覚かも知れぬ。

 前にも書いたかも知れぬが、セガの社長がこんなことを言っていた。

 「敵を倒すとか、獲物をとるとかそういった快感は本能的なものだから、そんなに珍しくない。我々は人間しか感じない快感、欲求に着目したい。例えば『綺麗にものをつめる快感』を体験させてくれるのがテトリス。『コレクションする快感』を体験させてくれるのがポケモン。まぁどっちもうちの商品じゃないんだけどw」


 ふーむ・・・・。


仲裁ゲーっていうのはできないものか。

 勇者と魔王の仲裁をするとか。正義でもない、悪でもない。ただただ誰もが平和に暮らせる世界のために、双方を説得するのである。なんとなく新しい気がするのだけどなぁ。大事なのは自分は戦いに参加しないことだな。武力で介入するとそれはもう、ソレスタルビーイングである。そうか、あいつらは仲裁したがりだったのか。

 恋愛シュミレーションに応用して三角関係を解消するというのはどうだろう。登場する全てのキャラが幸せな結末を迎えるように、みんなの揉め事を解決してできるだけ多くのカップルを成立させるのである。やたら人の恋路に首を突っ込んでくる人とか、やたらと仲人をしたがる人っているみたいだから、ひょっとしたらニーズはあるかもしれんなぁ・・・。しかしそれはもう恋愛シュミレーションじゃないか。残念。

 じゃぁもっと単純に「DS仲裁力」とかどうだろう。1日10分であなたも仲裁の名人に!クイズ形式で仲裁の仕方を学べるのである。そして十分仲裁がうまくなったらゲームモードで腕試し。次々に下される仲裁ミッションを逆転裁判的にクリアしていくのだ。夫婦喧嘩を仲裁せよ!ヤクザの抗争を仲裁せよ!世界大戦を仲裁せよ!海原雄山と山岡士郎を仲裁せよ!!



 てなあたりで満員電車から開放された。ふーやれやれ。今週も終わり。休みじゃないんだけどねー。 このページのトップへ
ボーナスの使い道。
 あ、そうだ、なにか芝居とかミュージカルを見に行こう!せっかく東京にいるんだしね。超メジャーな劇団を一つか二つと、割と前衛的な何かをいくつか見てみたいなぁ。すごい漠然とした人生の目標として、「舞台を用いて何かやって見たい」というのがやはりある。それを少しずつでも具体的にしていくのに役だってくれればいいのだけれど。
 しかし大阪ではこういったものを見に行く友人に事欠かなかったのだけれど、東京にはそういった友人があまりおらずちと淋しい。だれかいこーよー。



「趣味とか特技が欲しければ、まずお金を使えばいいの。道具を買うとか、授業料を払うとか。そうすればね、私達は貧乏だから、なんかもったいない気がして続いちゃったりするわけ。」

by母

 うちの両親は時々妙に鋭いアドバイスをくれる。以前帰省したときに、「東京であれこれやってるけどどれもぴんとこない」というような話をしたときにこうアドバイスされた。なんか趣味の本質からは離れているような気がするんだけれど、まぁこれはこれで一つの手ではあるよなぁ。最初の壁を乗り越えたら一気に楽しくなる、ということはよくあることで、そこにいくまでを「もったいない」という感覚で乗り切ってしまうのはなかなか良い方法かもしれない。
 ふむ、なにか習い事を始めてみるか・・・めちゃくちゃ忙しいのだけど、暇ってものはできるものじゃなくてつくるもんだしな。それこそもったいない精神が時間を生み出してくれるかも。 このページのトップへ
不況不況というけれど
 なんとかボーナスは出た。ありがたいことですね。春にも出たんですが、まぁそれは一部だったのでフルでいただけるのは今回が初。いやぁめでたい。何に使おうかなぁ。

欲しいもの、やりたいこと。
・加湿器
・マッサージ、整体
・M-1のDVD
・なんかゲームソフト

 うーんそれくらい?なんかこう欲しい!ってものはないなぁ。たまには手品の道具でもかってみようかしら・・・こういう消費意識の低さが不況の一因かも知れぬ。

 しかしまぁ本当に不況らしい。取引先がつぶれそう、つぶれたという話は普通に飛び込んでくるし、まぁ物が売れないのですよ。我々営業はふらふら。「こんなひどいのもめずらしい」「とんでもないときに入社したなぁ」といろんな人に言われます。やれやれ。とはいえ最初が最悪ってのは考えようによっては悪くないよね。「あのころは良かったなぁ」というような大人にはなりたくない、と常々思っているので、ちょっとずつでも良くなっていくのは喜ばしいことである。あくまで「良くなっていく」というのが前提なのだけど。・・・・会社つぶれませんように。
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学生のいたずら
 学生のいたずらで有名なものといえば、あれだ、折田先生像。最近はただ造るだけになってしまってるようだが、「ヤキソバン」は芸術の域に踏み込んでいる気がする(http://freedomorita.web.fc2.com/←ここの「汚された銅像編」を参照)。この素晴らしい文化は大阪にも伝えねばならぬ、と我らが岡田先生像にも何かやろうとしたのだが、幸いなことにちょっとお酒が足りなかった。本当に良かった。いや・・・やっといたほうがよかったか。今だったら洒落にならないもんなぁ。

 それはさておき最近いたく感心したのがこちら。あまりに感心したのでいろんな人に話しまくってるのだがここでも紹介。

ケンブリッジ大学のてっぺんにサンタ帽

 どうやってやったんだろう?命がけだったのじゃないのかなぁ。ユーモアだけじゃなくて不可能性がこもっているのが素敵ですね。さすがケンブリッジ。ちなみにうちの最寄り駅の前にも親子の像が立っており、これにヘルメットをかぶせるといういたずらが時折行われています(これもそれなりに不可能性がある)。世界中にいたずら好きはいるのだなぁ。ひょっとしたら「いたずら部」みたいなサークルがあってひっそりと活動しているのではなかろうか。いいなぁ。はいりたいなぁ。しかしこういういたずらって何か罪になるのだろうか。落書きよりは罪が軽い気がするが・・・ゴミの不法投棄扱いになるのか?つかまったらポイ捨てよりも怒られそうだけど。

 ああ、やはり学生時代になにかやっておくべきだった。学生時代いろいろやったけどこれはやり残した感だなぁ。というわけでここを読んでいる現役学生諸君はぜひ・・・といったらなんか教唆っぽくなるので言いません。やるなよ。絶対やるなよ! このページのトップへ
一夜明けて。
 いや、二夜か。そして1日働いて、まぁようやく一息。12月6日の24時間は本当にいろいろあった。朝5時半に梅田に降り立ったのが、もうずいぶんと昔のようだ。


「variable door」


いくつかなんとなく思いだしたこと。


 某演者の「ウィキペディア云々」というセリフは100%すべると思っていたのだが、予想外にうけていて驚く。ウィキペディアってもはや誰もが知っているレベルの単語なのかしら。まぁ大学生が多いからかもしれんけど。でもなんというか舞台からみて右奥のほうがウケていたきがするなぁ。あのあたりはたしか・・・・某大学関係者じゃないかしら。

 某演者が星とシルクを使って現象を起こしたときの歓声の異質さが最高。ぜひもう一度映像で見て(聞いて)みたい。マニアが反応したときの音というのがあるとすれば、それはまさにあんな音だ。その音を聞くまでは全然気にしていなかったけれど、確かにマニアが好きそうな現象ではあるよね。うん。
 演者の好みが色濃く出た舞台、というのは見ていて面白い。それはやはり、演者がたのしそうにみえるからではなかろうか。うまい演技よりもそういう演技に嫉妬する。

 友人が日記で「阪大には『海』という演目があるに違いない」と書いていたのだが、ぜひ『クリスマス』という演目も受け継いでいっていただきたい。この二つが重なるとその年の演出は身もだえすることになるのだけれど。今年のクリスマス演技、実に素敵でした。さぁ次は誰だ?

 リハーサル中、バルーンのお客役として舞台にあげられる。6年間もこの舞台に通っていながら、ああいう視点になったのは初めて。すこしだけお客様の気持ちがわかった気がした。なんと言うか、本当に良く見えるのな、客席が。これからはもう少しお客様にやさしくなろう、と思った。
 彼女の演技も彼女らしくて実に良かった。演技もさることながら、司会との絡みは特筆すべき見事さだと思う。

 今年はイリュージョン以外は部外者なので、のんきに楽しめると思っていたがちっともそうではなかった。むしろ去年より緊張していたくらい。なんでだろう?緊張というのは自分がつぎ込んだ労力、自分にかけられた期待にたいして起こるものだと思うのだけれど。しかしイリュージョン以外で一番応援していたのは実は某棒の演者なのだけど、彼の本番は特に緊張せずに見れた。これまたなんでだろう。まぁ普通に楽しんでいたのもあるんだけれど。彼もテンションがあがった演技で良かったなぁ。
 私が祈ったせいで、クリストファーハート様が降臨してしまったのかと思って最後本気で焦ったのは秘密だ。 


 まぁ、そんなこんなで上から目線になってしまい申し訳ないが、結構良い発表会だったと思う。私の好みか?と言えば「そうでもない」といった感なのであるが、これはこれで好き、といったくらい。お客様にも評価していただいたようなので良い発表会だったのだろう。演技的にもそこそこはじけた演技があったり、きちんとした演技があったり、挑戦的な部分があったりでいい感じでバランスとれていたのじゃないかしら。毎度の事ながら「500円のショーとしてはとんでもなくお得」だと思う。今年こられなかった方、来年はぜひ。 このページのトップへ
誰になんと言われようが、しばらくはこう言い続けようと思います。

「良いイリュージョンできちゃったなぁ!!」

 もうね、考えただけで笑顔が溢れてくる。本当にいいのができた。現象ありきではなく、かといって適当な現象ではなく、説明しすぎることなく、演じる人の夢があって、現実とのつながりを残せて、芯となるアイテムがあって、遊び心があって、最初と最後がきちんとつながって、それからそれから、いや、もう本当に素敵なイリュージョンなのです。

 できちゃった、という表現にいろんな思いがこもっています。台をの作成や設計に携わってくれた1コ下の後輩。彼が、うちの大学では絶対ありえないような無謀きわまりない台を作ってしまった。私がその場にいたら絶対に止めたような台を作ってしまった。それがすでに奇跡。「やりたい」という演者に、それを設計してつくり、部を運営する側に通す力をもった先輩が揃ったのが奇跡。まさにできちゃった感。

 実際の話、私はほとんど何もやってないのです。東京から通った数こそ多いですが、そのほとんどは彼としゃべって、飲んで、つまらないアイデアだけ出して、まぁちょびっとだけ台つくりましたがその程度。ひょっとしたら迷惑の方が多かったのじゃないかというくらい。少しだけ背中を押した感はありますが、彼が進んだ道は本当に彼が作ったものです。東京大阪の距離がもどかしい・・・と感じたことは何度もありましたが、今思えばこれはいいように働いたようです。私ならもっとこうするなぁ、という箇所はたくさんあります。単純にウケをとるだけならできることはもっともっとあります。大阪にいればたぶんそう教えてたでしょう。でもそれがなかったおかげで、なんとも彼らしい位置に着地した。少し強い位置に着地した。これがねぇ、なんというか本当に愉快。できちゃった感。

 何も語ったわけではないのに(まぁ実際は酒の席とかで大演説してたのかもしれませんが)、私が2年間悩みとおしてみつけた方向性に来てくれたのが嬉しい。「手品って何なの?現象見せればそれでいいの?伝えたいものがあればそれでいいの?じゃぁダンスや映画とは何が違うの?」この辺に自分なりの解答を投げつけたのが2年前。その現場で手伝ってくれた彼が、今度は自分で彼なりの答えを出してくれた。誰も理解してくれないと思っていた自分の思いが、意識しているかどうかはともかく伝わっていた。いや、もうなんなんだろう、なんというか、こう、できちゃった感。


 とにかくね、私は本当に嬉しかったのです。自分の舞台とはまた違った嬉しさがあったのです。なんだろうこれ。今までに体験したことのないクオリア。一度目のリハが終わった瞬間からもうおかしくなっていたのでした。みんなにあきれられながらも、超浮かれてました。いや、こりゃ本当にとんでもないものできちゃったよ!と。演者や設計者もあきれてたので、よほどおかしかったのでしょう。いや、でもね、それくらいのものだったんだなぁ、これが。可愛い後輩の演技だから、評価基準がおかしくなっていることは認めます。同じ演技を他の舞台でみてもそこまで興奮してないと思います。でも、上に書いたようななんかこう、いろいろがあって、ああ、もう本当に良かった。うん。

 
 本当にお疲れ様。そしてありがとう。

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朝に疲れが抜けきれない感。まぁ睡眠がたりてないからなんだけど。なんか最近の疲れはおじゃまぷよに似ている。働いているうちに少しずつ消えてくるのよね。でもなにか嫌なことがあると、またどかっ!てきて、それはもう、ばたんきゅーなのである。助けてカーバンクル。

大連鎖を起こすのに、何より大事なのはタイミング。発動まえにしかけられたら目もあてられない。一瞬の迷いが命取り。勝利を目前にして死に絶えるのである。しかし恐れるな!大連鎖目指して積め!積め!積め!おじゃまぷよさえも味方に変えて、ただひたすら積め!

そうか、あれは人生を象徴するゲームだったのか。よわかったなぁ、私。

さぁ、明日は年に一度のお祭り。一路大阪へ!というわけでバスの中です。おやすみ。 このページのトップへ
「なんか悩みとかないんか?」

ここまではよくいる先輩。

「悩みとかなかったら、お前糞やぞ!」

 さすが。いいなぁ、この考え方。問題はないほうがいいのだけれど、ないと認識してしまっている状況というのは実は最悪なのかもしれない。そんな流れから少し話を聞いてもらい、話をしてもらった。あぁやっぱこの人は考えて生きている。自分の生きる方向を定めようとしている。自分にとってなにが大事なのかを考えている。そういう人はやっぱり少し素敵だ。

 「体験した瞬間に、世界が変わる。こう・・・パチーンという感覚。わかる?」
 ふむふむ。最近そういった体験をしていないなぁ。確かにそういった体験をすると、それまでの小さなことはすべて誤差レベルにまで落としこめる気がする。そういった体験を増やすには、やはりいろいろな人、ものとの接触機会を増やすしかないのかな。効率よくそういった体験を得ることができるならば、それは「良い生き方」の一つの指標になり得る気がする。そういった体験を探すか作るか、というので大きくふたつに分類できないだろうか。




 昨日は久々の飲み会。取締役の1万円札を1000円札に変えたら殴られた。まさかあんな素早い動きができるとは。

 こういう席でビルスイッチをやると一度変化が起こったあたりで完全にお客様の緊張感が解ける。その千円を誰かに渡したりするとさらに解ける。そういった状況では某所についているものをポケットに落とし込むのは簡単だし、さらにその中に入ってるものを隠し持つのもたやすい。後は千円札を適当にスイッチした上で処理し(ここ重要)、ごにょごにょと広げて1万円に戻す。

 こういう適当なやり方のほうが、真面目に2回ビルスイッチをやるより受ける気がする。マニアからすると怪しい動き多すぎなんだけど、そんなものはみられてないわけだし。おまけにフィニッシュは超クリーン。そのまま手の隅々まで改められちゃうわけだ。

 実際の動きが説明できない(ヴァーノンのCannnot Be Explained的な意味で)から誰も説明しないし、ましてマニア同士で見せ合ったりしないから誰もやらないんだけれど、こういう適当さで大きな効果を得ている人って実は結構いるんじゃないのかなぁ。そういった適当さ、ぜひ知りたい。 このページのトップへ
 気がつけばもう12月じゃないか!てなわけで今年もテンプレートを変更。友人達を「ぎょっ」とさせるのだけが目的なのだが、例えばこのタイミングで会社の人とかにブログがばれた場合、なんというかこう、気まずいなぁと思う。


 何のために書くのか、という疑問はブログをやっている人なら誰もが一度は考える疑問だろうと思うのだけど、さて何のためなのか。後々役に立つこともあるし、書くことで整理ができるし、知人に現状を報告できるし、それでつながっていく友人関係もあるし、自分の知識をオープンソース化している感があるし・・・・ 

 とある人が「書くこと自体が快感なのである」と書いていて、うん、やはりそう言いきってしまったほうがすっきりするなぁと思った。じゃぁ一体何が快感を呼び起こしているのか、と突き詰めていくのはそれはそれで面白いし、面白いものをクリエイトする時においては非常に有意義だと思うのだけれど、まぁとりあえず趣味程度なら「快感だからです」くらいでとめて置いた方が、すっきりする。数式を駆使した解説よりも的確な比喩のほうが一般の人に受け入れられやすい(本質が伝わるかどうかはさておき)感じ。

 何の役にもたたないけど夢中になれる、というのはたぶんおそらく人間だけで、そうだとすると人間に生まれた以上そういうものがあったほうがなんか得な気がするなぁ。いやぁルービックキューブを楽しめるというのは意外と素敵なことかもしれない。ああ、私はやっぱ人間なのだ!人間にしかできない体験をまた一つやってしまった!

 しかしまぁ快感を感じられるだけで、ただ鬱々とした日々をすごすよりはずいぶんマシだから、その時点ですでに役立っているわけだ。好きでもないことをだらだらやって何にも得られなかった、というのがおそらく最低の行為ということか。そういったことってあったかなぁ?仕事ってのはどんなに嫌な作業でも少なくとも給料をもらえるわけで、そういう意味では最低ではない。まったく役に立たなくて面白くもない仕事を休日に家でやってしまった、というのは結構最低かも。そういうことをしないように気をつけよう。 このページのトップへ

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  • Author: 遊
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    奇術無しでも生きられるけど
    奇術無しでは生きたくない。

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